選考委員が選んだ今年の注目作。TBDF2026ノミネート作品発表!
東京BDフェスティバル(TBDF)では、フランス語圏のバンド・デシネの魅力を日本の読者に広く紹介するとともに、優れた作品や、その創作と刊行に携わる方々への敬意を込めて、二つの部門を設けました。


邦訳部門 パスレル賞
🏆Prix de la Passerelle
Passerelleはフランス語で「架け橋」のこと。バンド・デシネを通じて日本とフランスを結び、両国の読者や文化をつなぐ作品に贈られる賞です。日本で翻訳・刊行されたフランス語圏のバンド・デシネ作品の中から、優れた作品を選出・表彰します。
原書部門 グラン・ゼスポワール賞
🏆Prix des Grands Espoirs
日本の読者にぜひ知ってほしい、フランス語圏の優れたバンド・デシネ原書作品を紹介する部門です。今後の翻訳出版や日本での展開への期待も込めて、将来性豊かな作品に光を当てます。
日本で刊行された翻訳作品を対象とする「邦訳部門」と、フランス語圏で刊行された原書作品を対象とする「原書部門」です。
バンド・デシネの翻訳や研究、紹介に携わる有志の選考委員が候補作品を読み、それぞれの視点から推薦しながら、じっくりと話し合いを重ねてきました。
このたび、2026年度のノミネート作品が決定しましたので、ここに発表いたします。
まずは、、、
邦訳バンド・デシネ部門 ノミネート作品3作
Prix de la Passerelle

最高の夏休み
作:ジドルー | 画:ジョルディ・ラフェーブル | 訳:原正人 | 出版社:EUROMANGA
ベルギー在住のバンドデシネ作家の家族が夏休みごとに車で旅行に出かけるその道中、また旅行先での出来事をコミカルに描いている作品。回を追うごとに子供たちが成長し、父親もバンドデシネ作家としてキャリアを重ねていく。ヨーロッパの家族の数十年をかけての変遷を目の当たりにでき、またベルギーのバンドデシネ作家としてのその仕事のあり方を知ることができるというその面白さもさることながら、バンドデシネの中で一定の支持とその多様性を保持している自動車をテーマとした作品群のなかにも位置付けることができる点も興味深い。家族からエステレル号と名付けられた車はまるで家族の一員であるかのようにしばしばその存在感を作中で示している。

未来のアラブ人 5巻・6巻
作・画:リアドサトゥフ(Riad Sattouf) | 訳:鵜野 孝紀 | 出版社:花伝社
2023年のアングレーム国際漫画祭でグランプリを受賞した人気も評価も高いリアド・サトゥフ氏の自伝バンド・デシネ。シリア人の父とフランス人の母を持つ作者は、誰かに取材することなく記憶を頼りに自分の人生を振り返り、シリア・リビアの驚くような文化をユーモラスに描いてきた。幼少期からその人生を追ってきたリアド少年も5巻ではティーンエイジャー。母の母国であるフランスでシリア人の血を引く自身のアイデンティティに向きあったり、思春期に突入した少年の「あるある」が描かれていたり、少年の揺れ動く心情が伝わってくる。好きになった女の子からメビウス、ドリュイエ、エンキ・ビラルをおすすめされ、第6巻ではバンド・デシネ作家への道を進みはじめる青年時代が描かれており、当時のバンド・デシネ界を知る上でも興味深い。シリーズものの邦訳マンガは途中で打ち切られることもままあるなか最終巻まで刊行されたことを高く評価したい。

男の皮の物語
作:ユベール | 画:ザンジム | 訳:井田海帆 | 出版社:サウザンブックス社
貴族の令嬢であるビアンカが、男性に変身できる「男の皮」を身にまとい婚約者ジョヴァンニの素顔や男性社会の実像に近づいていく。中世の舞台設定や多彩な登場人物は一見わかりやすい印象を受ける。ビアンカとジョヴァンニの目線で物語に読み進めるうちに、その人たちの言葉やしぐさの端々にまた違った一面を垣間見るようになり、テーマの一般性だけに留まらないこの作品の懐の深さが感じられた。原作者ユベールの遺作となった当作は、ザンジムとの名コンビで取り組んできた「おとぎ話」的なスタイルの集大成ともいえる作品となり、多くの国で新たな読者を得ている。ACBD批評グランプリ2021、ボローニャ・ラガッツィ賞2026(コミック・ヤングアダルト部門)受賞作。
続きまして、、、
バンド・デシネ原書部門 ノミネート作品6作
Prix des Grands Espoirs

Off(オフ)
ISBN:9782356742162
作:Olivier Tollet、Romain Renard | 画:Patrice Réglat-Vizzavona | 出版社:Daniel Maghen
太陽フレアの影響で電気が全く使えなくなったベルギーを舞台として、のちに首相になる国防大臣、その弟の警官、その友人、この事件で亡くなった国王を引き継いだ女王などを各章で主人公とした物語である。とりわけ出色なのはこういった特殊な状況下でのベルギーという国の政治を描き切ったという点である。バンドデシネではルポルタージュものなどやある種のコメディで政治をあつかうことは多いが、真正面からサスペンスとして、そして何よりも日本においてフランスほどには知られていないベルギーの政治のありようを――しばしば日本と対照的な側面も含めて――示しているという点で極めて貴重な作品と言える。物語の展開も極限状態におけるサスペンス性を、各章で異なる登場人物の視点から描くことで十全に示しており、政治の知識の有無にかかわらず楽しめるものとなっている。

Manhattan Driver
(マンハッタン・ドライバー)
ISBN:9791092058789
作・画:Julien Magnani | 出版社:Auto-édition
事故で養父をなくした主人公が生き別れになった息子を探してニューヨークにやってきて、いろいろあってタクシー会社でメカニックを経てドライバーになり、その後自分の実の父親のことを知る。ある意味で主人公の自分探しの物語であるが、本作で注目すべき点はその色遣いである。カラフルかつ輪郭がはっきりしない画風が、見知らぬ土地に来て驚くべき事実を知ることになる主人公の居心地の悪さ、非現実感と見事に結びついている。他方で、車をテーマにしているという点も注目に値する。日本のマンガと比べても、フランス・ベルギーのバンドデシネにおいては車をテーマにした作品の積み重ねは分厚い。だがこれらの作品はいわゆるリーニュ・クレールという輪郭を強調し、単色で見やすい絵柄で描かれたものだったが、本作はそれらの作品と対照的である。その意味でバンドデシネの文脈においても、また日本においてこれまであまり紹介されてこなかった側面を示すという点においても重要な作品だろう。

Marly ou la neige en été
(マルリー 夏の雪)
ISBN:9782490934201
作・画:Emmanuel Lantam | 出版社:Réalistes
電車の子・マルリーがファンタジー世界を旅する物語。青い電車の母親が赤い小さなマルリーを出産する冒頭のシーンに思わず頬がゆるんだ。少し古めかしさもある絵と色調、装丁の雰囲気もあいまってどこかノスタルジックな余韻が残る。随所に演劇・文学・絵画作品を連想するシーンがあり、マルリーの旅路は創作活動そのものを象徴するようでもある。散りばめられたモチーフを探して楽しむもよし、見開きに広がる空と線路の風景を眺めるもよし、何度も読み返したくなるような魅力に満ちた作品だ。著者はアニメーション制作を中心に活動。当作が初の長編作品となる。

La langue des vipères
(毒蛇の言葉)
ISBN:9782810207121
作・画:Juliette Brocal | 出版社:Rue de Sèvres
舞台は中世からルネッサンスあたりのイタリアの小さな島にある僧院。主人公はある高僧の庶子イオディス。その出生ゆえ幼いころから僧院で身分の高い子女たちとともに育った。彼女には特技があり、それはある「言葉」を自由に使いこなせることだ。この「言葉」こそ操れるものにこの世のすべてが啓示される。そしてこの「言葉」の存在がこの僧院の力となっている。
イオディスはこの閉ざされた僧院から逃れるため、学者となって外に出ようとするが、新しく入ってきたアルシオンというライバルが現れる。学者に選ばれるのはただひとり。どちらが選ばれるのか?
政治的な思惑や対立、事件、二人の少女の秘密など様々な要素が絡んでとても読み応えがある。雰囲気的にはウンベルト・エーコの『薔薇の名前』を彷彿させる。
タイトルはイオディスが幼いころから自由に操っている「言葉」が間違いだらけなので周りから「毒蛇の言葉」と言われていることに由来する。

La Marche des femmes
(女性たちの歩み)
ISBN:9782226496508
作:Annick Cojean、Sophie Couturier | 画:Emma Ere | 出版社:Albin Michel
シモーヌ・ド・ボーヴォワール、オランプ・ド・グージュなど女性の権利のために戦った著名な女性たちの歴史だけでなく、多くの不可視化された女性たちについても語られる作品。シナリオを書いたソフィー・コジャンはル・モンド誌に現在活躍中の女性たちのインタビュー・コラムを持つジャーナリスト。
聖地巡礼のごとくゆかりの地を歴史家ミシェル・ペロと女子校生ソフィーが行く 訪れた場所:18か所
言及された女性:約80人
道中女性たちの存在や役割を組織的に抹殺し透明化していったシステムである家父長制の歴史も明らかになる。
研究者であるミシェル・ペロと情熱だけで突っ走る若いソフィーの対比も興味深い。巻末には本書で訪れた場所が明記されたパリの地図が掲載されているので新たなパリのガイドブックとしても使えそう。
また女性のことだけでなく、さりげなくLGBTQやマイノリティにも触れている。pop women selection に選ばれた一冊。

La tête sur mes épaules(頭を肩にのせて)
ISBN:9782889231560
作・画:Bénédicte Muller | 出版社:Atrabile
ある家族が「大きな頭」と暮らす。この家の中で子供たちは自分の頭を取り外すことができる。少し変わった設定と、言葉と描線が巧みに組み合わされた画面構成に心が引きつけられた。八人きょうだいの一人であるマルタの視点でストーリーが進んでいく途中、彼女はある家族から性被害を受ける。慎重に言葉を選ぶような性格でもある彼女は、この事を境に自分のスケールと自他の境界を見失ってしまう。当作で用いられた表現手法は寓意的でありながら、他人に役割やキャラクターを強要することの卑劣さを切実に描いている。心が痛む感想に続く言葉を誰かと話したくなるような。きっと読者のコミュニケーションの助けとなるだろう。イラストレーターとしても活躍する著者のBDデビュー作。
以上、邦訳部門3作品、原書部門6作品をノミネートしました。
邦訳部門に選ばれた作品はいずれも、フランス語圏バンド・デシネの豊かな魅力を感じられる優れた作品です。バンド・デシネを初めて知った方や、「何から読めばよいかわからない」という方は、ぜひ気になった一冊から手に取ってみてください。
また、原書部門にノミネートされた6作品は、まだ日本語で読むことのできない作品です。今回のノミネートが、日本の出版社や読者の関心につながり、今後さらに多くの魅力的なバンド・デシネが日本語で紹介されるきっかけになれば幸いです。
受賞作品は、東京BDフェスティバル会期中に発表いたします。
どうぞご期待ください。

